僕はなぜ?お米をつくるのだろう?(その3)

米づくり3年目の2014年は2町歩を超えた
1反(10a)は300坪、1町(10反1ha)は3000坪
なんとも恐ろしい広さになってしまったっことか
田んぼを手にするまでは米作りがしたいと願った
3反の水田での掛干しは新鮮で楽しかった
畝間が空き、蛇行した田植えも稲が見事に覆い隠した
バインダーで稲刈りをすると紐で束ねてくれる
文房具のバインダーはここから派生したのかと納得
田んぼの脇に並ぶ歩道の手すりが丁度良い掛干し場
水分を計りながら1週間かからないで乾燥した
キャタピラで移動しながら脱穀するハーベスタ
コンバイン袋に約30キロづつ収めて倉庫へ
昔ながらな精米所で籾スリ・精米して完成
日本の「おこめ」はこうして脈々とつくられてきた
2013年の5反の掛干し夢つくし栽培は
干す作業と脱穀作業での腕の上げ下ろしは疲れた
でも日本の原風景「掛干し」を守った
しかしコンバイン刈り、遠赤乾燥の米づくりは違った
農業従事者高齢化の現実に直面した
これまで30町も米を作って来た方が止めると言った
多くの水田所有者(地主)は返されても困る
地域の水田耕作者約10人が集まって10町近くを分担
僕にも約5反が回って来た
考えてみれば僕は今年65才を超えていた
農家の平均年齢を上回っているのだ
米作りを始めて3年目の高齢者が2町歩の水田を任された
これは日本の貧困ではないか
まったなしに6月はやってきた
灌漑池の堰が切られ、水路を水が回りだした

(2町歩の米づくりの幕が落とされた・・・続く)

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